積極財政と緊縮財政のどちらを取るべきか、という問に対する答えとその理由。そして失われた30年の正体。

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積極財政と緊縮財政。
どちらを政府は選ぶべきか。
証明しようと思います。

念のために今、調べました。
積極財政の対義語はやはり緊縮財政です。

なぜ、今更調べたのかといえば簡単。
これは僕の思い込みなのではないか。
そう疑ったからです。

ネットに書いてあったことを正しいとするのは良くない。
でも、それではそもそも議論になりません。
なので対義語として確定させてください。

なぜ、この言葉が対義語かどうかここまでこだわるのか。
後々ご説明いたします。

ちなみにネタバレですが積極財政です。
緊縮財政には対義語レベルの存在価値はありません。
使われるべき機会があまりに少ないのです。
積極財政が基本、緊縮財政は補完。
対比というより主従関係に近いのです。

では、まず財政健全化の指標を表す式を出しましょう。

  財政健全化 = 債務残高 ÷ GDP

の式で表されます。
「国債債務残高対GDP比」と良く目にするのはこのためです。
日本は世界で2番目にこの比率が高い。
それは悪いことです。
収入であるGDPに対して借金である債務残高が高い。
これが現状の日本の問題と言われている理由です。
話を戻します。

  財政健全化 = 債務残高 ÷ GDP

この式で、積極財政と緊縮財政はどのような働きをするのでしょう。
例えば、積極財政のためにベーシックインカム(BI)を導入するとします。
これは国民にお金を配る、つまりGDPにプラスされます。

  積極財政 財政健全化 = 債務残高 ÷ ( GDP + BI )

つまり、国民の収入が増えて財政健全化を目指します
では逆に、緊縮財政で政府が税金を集めることはどうでしょう。

  緊縮財政 財政健全化 = ( 債務残高 – 税収 ) ÷ GDP

つまり、借金を減らして財政健全化を目指します
どちらも財政健全化が進むことに変わりはありません。

2025年現在。
石破総理が消費税を廃止しない理由もここにあります。
借金を減らすための国への資金提供。
これは絶対になくてはならないものなのです。
国民からの批判は当然。
しかし、これを無くしてしまったら将来の日本が心配なのです。
さすが一国の宰相。
未来の国民のために今の国民から石を投げられる覚悟です。
石をなげられ破れる覚悟。
だから石破総理なのでしょう。

……おかしい。
しかし、この式はおかしいのです。

先程のダジャレではありません。
ダジャレは一級品です。

  財政健全化 = ( 債務残高 – 税収 ) ÷ GDP

は一見、正しそうに見えます。
しかしここには忘れてはいけない作用があるのです。
税収分だけ、国民の稼ぎも引かれていることです。
つまり、本来の正しい式は以下の通りになります。

  緊縮財政 財政健全化 = ( 債務残高 - 税収 ) ÷ ( GDP - 税収 )

試しにAIに聞いてみてください。
こちらの方が正しいのでは、と。
おそらく実体経済をより捉えていると評価されるはずです。

( 債務残高 – 税収 ) ÷ GDP
( 債務残高 - 税収 ) ÷ ( GDP - 税収 )
これらの式の違いは何を表すのでしょうか。
それは、実際の予想よりも効果が少ないことです。
今まで期待されていた税の効果は、実は予想より薄いのです。
しかも、これがもし30年も溜まっていったら……。

そう。
失われるのです。
これが失われた30年の正体です。

税金をあげれば必ず債務が減るはず。
その思いで絶えず税金は上げられ続けました。
だから消費税が上がるごとに債務が減る。
財政健全化は進むはずです。

時期消費税率名目GDP (兆円)一般政府の債務残高対GDP比 (%)
1989年3%41967.60%
1997年5%52194.70%
2014年8%519233.80%
2019年10%560235.80%
2024年10%600254.40%

おおい!
悪くなっとるやんけ!
Σ(´・ω・)

いやいや、優秀な日本の政治家たち。
きっと社会保障費も上がればきっと……。

ってそういえば、消費税は社会保障費の財源という名目だった!
ダメじゃん!
国民から奪っといて全然良くなっとらんやないけ!

失礼。
取り乱しました。
積極財政と緊縮財政。
二つの勝負のはずが、ここで失われた30年の正体を明らかにしました。
日本は積極財政をすべきところを緊縮財政にした。

歴史的事実を数字で見ても明らかです。
債務を減らすことばかり気にしてGDPも減らすことを見落とした。
これは明らかな失敗です。

なんてことだ。
これは許せない。
いますぐ政府に。
自民党に。
官僚たちに責任を取らせなければ!

待ってください。
お気持ちは分かります。
僕もそんな気持ちになりました。
でも、それはいけないのです。
なぜなら、ここは民主主義国家だからです。
ダメな政治家を選んだのは国民です。
政治家の手足となって働くのが官僚の方々です。
一番の罪は国民にあると思わねばなりません。
それは正しさを知らなかった僕の罪。
そして全国民の罪なのです。

ただし、これを見落とした政治学者……はまだいい。
バブル崩壊を予見できない。
間違った政策を挙げる。
日本を貧しい国に変えた。
しかもそれで飯を食っている。
そんな学者達。
お前達だけは絶対に許さん。
絶対に。

失礼。
取り乱しました。
覆水盆に返らず。
ならばせめて良い国にしようではありませんか。
どんどんGDPを上げて豊かな国に。
ベーシックインカムをばら撒く積極財政を選びましょう。

……とはできません。
できないのです。
ここは公平に見るべきです。

税収は確かにGDPを下げる働きがあった。
ではベーシックインカムは?
そう。
ベーシックインカムもまた、債務を増やす働きがあるのです。

積極財政 ( 債務残高 + BI ) ÷ ( GDP + BI )

これが正しい式となります。
残念ながら、ベーシックインカムもまた期待通りにはなりません。
税として取られようが。
ベーシックインカムとしてもらおうが。
それは常に二者択一の構造をとりつつ、結果は変わらないのです。

おわり。

……ではありません。
そもそも、この式は財政健全化を求めるもの。
決して目標そのものではないのです。

なぜなら、どんなに健全化を目指しても無意味だからです。
財政健全化を主目的にしてはいけないのです。
求めなくてはいけないことは、豊かさ。
つまりGDPそのものではないですか。

一見、二者択一のように見えましたが違うのです。
国民生活の豊かさを保証する。
これは国家として最も大事なそして唯一の役割です。

だから、緊縮財政という確実にGDPを減らす政策はあり得ないのです。
大事なことだからもう一度言います。

緊縮財政という確実にGDPを減らす政策はあり得ないのです。

国は積極財政を続けることを、前提として運命付けられているのです。
積極財政をしつつ、健全化を目指すために税金で調整する。
この「税金で調整する」小さな働きこそ緊縮財政です。
この政策は、好調な経済時にだけ補完として使われる手法。
けっして対義語にはならないのです。

では、なぜ、国は積極財政を続けなくてはいけないのでしょうか。
それも簡単です。
あらゆる国が自国民を豊かにしようとするからです。
世界中で常に各国が競争しているからです。

走りすぎたらブレーキをかけなければいけない?
そんなことをしている間に、他の国に置いていかれます。
理想的な物価上昇率は2%?
それを守ってのんびり歩く亀は他のうさぎに置いていかれます。
置いていかれればどうなるか。
資産や物価といものは相対的です。
どんなに上がったとしても、それ以上に他の国が進めば無意味。
他のペースに合わせなければ、相対的に貧しくなるのです。

日本のGDPがどんどん他国に置いていかれるのはそのためです。
日本より、他の国々が明らかに大きくGDPを上げているのです。

こんな時、日本に必要なのはより大きな積極財政なのです。
分子(債務)を減らすのではなく、分母(GDP)を上げる。
これこそがまさに今、日本にとって一番重要なのです。

国の発展を妨げる人。
まさか、そんな人なんていないですよね。
◯◯税は財源として絶対に必要。
そんなことを言う人はどんな人なのでしょう。
日本を貧しくしたい。
自分が貧しくしていることに気づかない。
そんな人間でしょうか。
そんな人間、いるはずがないですよね。
そう信じたいところですが、最近ニュースで見たような……。
そんな人間がいたら石を投げつけて破ってやりたいですね。

では、積極財政と緊縮財政の話に戻りましょう。
緊縮財政は一体、どういったときに必要なのでしょうか。
それは物価高の時……では認識不足ですね。
なぜなら、先ほども述べた通り。
物価もまた、相対的だからです。

物価の上がり方にも2種類存在しているのです。
一つ目は、自分の国内で物が足りない状態。
もう一つは、世界で物が足りない状態です。
この2種類にはどのような違いがあるのでしょう。

それは、制御可能かどうか、ということです。
国内であれば物の値段を下げる政策を取ることができます。
物の値段が上がるのは、物が足りないから。
物が足りなくなるのは、それを買うお金が多すぎるから。
多すぎるお金をなくす政策。
それが税金なのです。
緊縮財政は、この時だけ使用されるのです。

世界で物が高くなっている状態はコストプッシュ型インフレと呼ばれます。
そしてコストプッシュ型インフレに税金は効果がほとんどありません。
このことを勘違いして声高に
「今は日本が物価高だから税金を上げろ」
と言っていた高学歴の有名人がいました。
きっと彼はあらゆる疑問を捨てていたのでしょう。
ただ点数を取るだけに特化した学習とそれによる学歴。
全く無意味です。
彼は特化することでしか偏差値を上げることができなかったのでしょう。

『高校鉄拳伝タフ』猿渡哲也

一方で、世界のものが増えている時はどうでしょうか。
ここで緊縮財政をしてもほとんど無意味です。
当然ですよね。
まさか世界からお金を一国に税金として集めることはできません。
もし、そこで緊縮財政を行えばどうなるか。
当然、緊縮財政が行われた国の国民だけが貧しくなるのです。
かわいそうですね。
あれ、涙が……。

緊縮財政を使用するべき機会がいかに少ないか。
こうしてみるとより明らかです。
なにせ、世界は競争し続けている。
その速度を確実に落とす選択。
一体、誰が選ぶというのでしょうか。

せいぜい、不安になった時だけでしょうか。
増えすぎて貨幣の価値があまりに小さくなった時。
その時にふと思い出して実行するお守りのようなもの。

文字通り、その程度の存在意義しか緊縮財政にはありません。

より厳密にまとめるならば緊縮財政の使う場合は二つだけ。
流通の少ない貨幣を使う政府の国内インフレ。
世界経済トップの国のインフレ。
それだけではないか、と思っています。

例として、前者には枚挙にいとまがありません。
財政破綻をした国々の大概はこれに当たります。

しかし、世界経済トップの国のインフレはどうか。
税金という国民に賛同を得られない政策は選べません。
これを受け入れる国民は稀でしょう。
それは国民の性質と余裕がなければ不可能だからです。
歴史上、世界でトップの経済を走った国。
そう、過去の日本です。
バブル景気の時の日本。
これが数少ない緊縮財政の使われるべき機会でした。
この判断を取らなかった政府に批判があるのは当然です。

最も、バブル崩壊は予定通りだったのかもしれません。
プラザ合意からのあまりに無策な円高。
金利低下から土地投機の増大。
そして崩壊。
経済の流れで見れば、あまりに当然の成り行きではありませんか。
そして、日本政府は本来、バブル崩壊直後に財政出動すべきでした。

バブル崩壊直後に起きる現象は、ちょうど黒字倒産と同じです。
借金に見合うだけの収入がある。
しかし、約束の日にお金が返せない。
それが崩壊の始まりです。
買ったものを売ったら、基本的に値段が下がります。
これは経済というより常識的な話です。
この差額を利益とするのがリサイクルショップですね。

この値下がりは、当然価値の大きさや量で変動します。
土地はもともとの価格が大きく、しかも当時は需要が極大。
約束を守れないから、と売りに出された瞬間。
市場に大きくあふれた土地が値下げスパイラルに陥る。
黒字倒産型の破綻連鎖。
これがバブル崩壊の極めて簡単な解釈でしょう。

逆に言えば黒字倒産は当面の資金さえあれば救えるのです。
その資金はどうすれば良いか。
簡単です。
紙幣をたくさん刷って、それを注げばいい。
もちろん、それは比喩です。
印刷する暇があればキーストロークすればいい。
黒字倒産しそうな場所に資産を一時提供する。
それだけで良かったのです。
でもできなかった。
なぜか。
それは「国民の血税を一企業に注入するのは許されない」からです。
もちろん、それはあまりに愚かな選択ですが。

なぜなら当時も今も、日本の貨幣制度は管理通貨制度です。
ゴールドがなければ発行できない金兌換紙幣ではありません。
情勢に合わせて自由に貨幣を発行できるのです。

当時の円は日本経済とともにNo. 1。
十分な余力があったはずです。
にもかかわらず、やるべきことをしませんでした。
「国民の血税」という間違った解釈に気づけなかったのです。
たったこの一点においても、学ばないことの罪は極めて深い。

国民はバブル崩壊時の財政出動を認めるべきでした。
バブル崩壊の罪は当時の政府の責任。
そしてその政府の責任は国民にあるのです。

それを予見しながらどうすることもできなかった人もいます。
しかし、何もできませんでした。
高速で落ちてくる物を支えようとすれば自分も潰れる。
一個人のできることは極めて小さいのです。
もし、バブル崩壊の下落を一人が受け止めたら。
きっと、彼はその勝手な判断をあらゆる人々から責められるでしょう。
彼の救ったバブル崩壊のない世界は彼の勇気ある行動を知りません。
英雄は知らないうちに抹殺されるのです。
これはあらゆることの中で最も大きな愚行でしょう。
そのためにも、やはり正しさを学ばなければいけないのです。

バブル景気の緊縮財政。
バブル崩壊直後の超超積極財政。
これこそがまさにそれら二つの政策の正しいあり方だった。
そう言えるでしょう。
そしてその正しさを我々は学ばなければいけないのです。

温度に上限はありません。
しかし、下限は絶対零度-273.15度。
それと同じような関係です。
積極財政は無限に。
でも、緊縮財政はGDP=0まで。

積極財政を続けつつ必要な時だけ緊縮財政を選ぶ。
そして国民を豊かにするという義務を持つ国家。
国家はそうあることしかできないのです。

だから国家は、積極財政を選ぶしかないのです。